利休さんが冷蔵庫というものを見たら、「わあ、ええものあるなぁ、こんなんあるなら、昆布締めやめよう」というでしょう。
利休さんのように、この方が美味しいという発想をいつも持つこと、それが「古今」という料理法なのです。
今は昔であり昔は今。
ここに利休さんが横にいて話をしたら何をどうするか。
利久さんと会話しながら料理をするのが、古今料理法の最たるものだから「古今」と名付けたのです。
「そりゃあ、もう断然冷蔵庫あるやったら魚を冷蔵庫に入れるでしょう。あの時分はね、船で魚を運んできて、魚の状態がこうで、塩の濃さがこうでと、だから状態を保ち美味しく食べるために昆布締めをしたの。その塩から出てきた灰汁とかなんかと、こうやって鯛を締めていたけど、そりゃもうなしの方が良いに決まっているじゃないの」
この冷凍冷蔵ということは、非常に身近でいながらよくわかる例です。
冷凍も冷蔵もなかった時代にできたものが保存の技術です。
本来使わないのが自然のやり方なのですが、冷蔵庫ができたことに頼るのではなく、違う視点に捉えてその技術を生かしながら、冷蔵庫も冷凍技術も使えばいいのです。
利休さんがいたら、「魚は常温だと痛むのなら、冷蔵庫に入れた方がええやん」というと思うのです。
利休さんなら、どう魚を冷蔵庫に入れたらいいかと新しい料理法を考えつくかもしれないと利休さんと話をして料理をしているということが「古今」なのです。



